試料作製技術:電子線描画装置

数百から数十 nmの微細な試料を作製する方法の一つに、電子線を使ってパターンを描く電子線リソグラフィーがあります。

このための装置が電子線描画装置です。

1.電子線描画装置の仕組み

私たちの研究分野では点状に絞り込んだ電子線を用いて、パターンを描いていく装置が一般的です。

この装置は走査型電子顕微鏡(SEM)に描画用の操作系を組み合わせたような構造になっています。

電子線を発生させる電子銃、電子線を加速する高電圧電極、電子線を絞り込むレンズ、電子線を操作するコイルもしくは電極、試料位置を正確に制御するステージ、そしてこれらを制御する制御系等から成っています。

日本勢ではElionix、JEOL等、海外勢ではRaith、Vistec等の製品がこの分野ではよく使われています。

2.電子線源

タングステンやLaB6(ラブロクと読まれることがあります。最初聞いたときは何を言っているのか分かりませんでした。)からの熱電子を利用した熱電子銃、

タングステン等に高電圧をかけてトンネル効果を使って電子を引き出す電界放出電子銃、

タングステンをZrOでコーティングした電極に高電圧をかけ、さらに加熱して電子を引き出すショットキー電子銃、

の3種類の電子源が一般的です。

あまり細かいパターンを描かない機械には、熱電子銃(電流は取れるけれど、スポットをあまり小さくできない)が、

細かいパターンも描くし、電流も取りたいという上位機種にはショットキー電子銃(電流も取れるし、スポットも小さくできる)が使われていることが多いです。

100 nmを切るような線幅の金属電極を作るときは、ショットキー電子銃もしくは電界放出電子銃の電子線描画装置が望ましいと思います。

3. 加速電圧

加速電圧が高いほど、小さいパターンを作製することができます。

加速電圧が高いとスポット径を小さくできる上に、レジスト(パターニング用の高分子)中での電子散乱による広がりを小さくできるためです。

75 kVの加速電圧の電子線描画装置を使えば、20 nm程度の線幅の金属電極を作製することが可能です。

4.ステージ

私たちの研究分野では一度描画してパターンを作製した後に、さらにその上に重ねて新たなパターンを作製することがあります。

このときにステージの重ね合わせ精度が、大切になってきます。

パターンの設計の際には、この精度を考慮して、ずれても大丈夫なパターンをつくる必要があります。

上位機種の描画装置のステージには、レーザー干渉計を用いて高精度を実現しているものがあります。

これを使えば数十 nmの重ね合わせ精度を実現することができます。

5.描画装置を使う際の小技

5.1.フォーカス、スティグマ合わせ

フォーカス粗調 => スティグマ合わせ => フォーカス微調 を繰り返していくのが個人的にはやりやすいです。

フォーカス、スティグマ機構がそれぞれどういう仕組みかを知っているとさらにイメージしやすいと思います。

合わせの際の対象としては、金の微粒子、スポットビームで作ったコンタミ等を利用します。

コンタミはスポットビームを長時間当てることにより、電子線が当たっている場所に炭素(チャンバー中の炭化水素が電子線により電離して炭素が電子線に引き寄せられてきます)が堆積した物です。

あまり長く当てすぎると堆積しすぎて崩れてきます(像が円では無くなったり、2重になったりします)ので、装置、電流に合った時間を見つける必要があります。

私たちの装置だと、60 pAで3秒程度がちょうど良い感じです。

5.2.高さセンサー

上位機種の描画装置の中には、レーザー干渉計を用いた高さセンサーを装備した物があります。

これがあると描画中に焦点を常に最適に保てるので、小さいパターンを描画する際に有利です。

注意点としては焦点合わせを、きちんと高さ0にして行いましょう。

そうしないと、描画時にはすべて焦点がずれたところで描画してしまいます。

またせっかく高さセンサーがあっても、レーザー干渉計がうまく動作せず困っている方もいるかもしれません。

レーザー干渉計が動かない原因としては、

A. 基板が傾いている(レジスト等が基板の背面についていると難しいです)

B. レジストが凸凹している

C. レジストの厚みが適切でない(厚いと失敗することが多い気がします)

D. 高さセンサーのレーザーダイオードの出力が落ちている

があります。

だいたいの場合AからCが原因のことが多いと思います。(ただし全てのユーザーでエラーが続出の場合はDが怪しいです。)

せっかくの良い機能なのでどんどん使っていきましょう。

5.3. 描画の順番

ずれては困る細かい部分から描いていくのが良いでしょう。

これはステージのドリフトによる影響を避けるためです。

ステージはレーザー干渉計によって正しい位置に移動した後に、ドリフトすることがあります。

先に時間の掛かる大きなパターンを描いていると、大事な細かいパターンを描くときにステージがずれているかもしれません。

(古い機種ではブランキングの処理が良くなかったのか、最初はディスチャージングによってビームがシフトするので、逆に最初が良くないという噂を聞いたことがありますが、最近の機種は大丈夫と思います。)

描画の順番は、描画ファイルの図形命令を上から順に実行する装置が多いと思いますので、この命令の順番を変えれば思い通りに変更できます。

並べ替えをするためのプログラムを作っておくと、素早く変更できて便利です。

5.4. ドーズタイマー

重要な描画条件の一つにドーズタイマー値があります。

この値を設定するときに、装置のドーズタイマーの分解能を考慮しましょう。

例えば分解能0.05 μsのタイマを持つ装置で、0.01 μs刻みで設定することは意味がありません。

また分解能以上でも余りに小さい値(例えば0.1 μsなど)にするのは誤差が大きいため避けましょう。

チップサイズ、ドットマップ、電流を調整して、タイマー値は分解能の10倍以上の値にしておくと良いと思います。

レジストを使ったリソグラフィーでは最終的にはレジスト側の感光領域でサイズが決まるため、小さいチップサイズでドットマップをあまりに大きくしすぎても意味がありません。

(また古い機種では、大きなドットマップはハードウェアで対応しておらず、描画の際にドットを間引くものもあります。)

電子線描画装置の特性をよく理解して、よい試料をたくさん作っていきましょう!